【伝説】マリオカートや3DS本体のプロデューサー「紺野秀樹」さんが任天堂を退社 約40年という長期間の勤労者
任天堂のデザイナーとして
約40年活躍された紺野秀樹さんが、
任天堂を退職されたことが判明しました!
紺野秀樹さんはコアなファンの間では
任天堂の顔の1人として知られていましたが、
彼の退職にショックを受けた方は多く居たのでしょう。
その紺野秀樹さんが任天堂で携わった内容や作品等を見ていきましょう!
紺野秀樹さんと任天堂の関わり
紺野秀樹さんは1986年に任天堂に入社されました!
彼が最初に携わったゲームは「スーパーマリオブラザーズ2」でした。

その後、彼の活躍が任天堂内で実ったのでしょうか、
マリオカートシリーズのプロデューサーや、
ゲームキューブソフト「ルイージマンション」のディレクターも務めました!


モバイル開発(スマホゲーム)ではゼネラルプロデューサーを務め、
「Miitomo」「Dr. Mario World」「どうぶつの森 ポケットキャンプ」
「スーパーマリオ ラン」「ファイアーエムブレム ヒーローズ」
「マリオカート ツアー」などを手掛けていました。
モバイル開発面ではほぼ全種類のソフトに関わっていると言っても過言ではありません!
ゲーム機ではニンテンドー3DS本体のプロデューサーを務めていました。
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ここまで彼の活躍を眺めると、
任天堂の中枢部として勤めてきたことが分かるかと思います。
すでに退職
紺野秀樹さんの退職時期ですが、
実は2025年7月に退職されていました。
本人のFacebookで判明し、退職報道が流れたといったところでしょう。

退職が公開されなかった理由は不明です。
ただ、紺野秀樹さんは生年月日が1965年5月13日であり、
退職時期の2025年7月時点で60歳を迎えたことを考えると、
定年退職が予想されます!
定年退職とはいえ、
世間的にあまり年齢に触れたいと思う方も居るようで、
紺野秀樹さんもその1人だったから、
退職報告は事後になった可能性があります。
退職後の状況は語られていませんが、
いつしか任天堂に何かしらの形で関わるとなれば、
世間も喜びの声が出てくること間違い無いでしょう。
